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梶りりは慈雨の中に居ます。

自分の人生に責任を持つために書いていく

人生の充電期間に入ります。

こんばんは。梶りりです。

 

昨日付けて五年勤めた会社を退職しました。

今日から無職です。自由です!自主的春休みです!わー!

 

彼氏に振られ、人生変えようと思ってから早2ヶ月半…もうすぐ3ヶ月…

早いです。人生ってあっと言う間!

 

今日は4月1日からの職場に書類を出してきました。ドキドキですね。とりあえず先が決まっているから少し安心。

 

これから1ヶ月は今までやりたかった事をします。

やりたいことリストにある

旅行!鳥取砂丘!へ行き!

国立国会図書館へ行き!

友人に会い!

家族と過ごし!

次の仕事の為の勉強をし!

読書をし!ゆっくり休みます。寝ます。

 

今まで仕事と家の往復で心が荒み、元彼を傷つけ、自分を傷つけながら生きてきました。

 

退職すること、休むこと、職場を変える事は自分で決めました。まるっと1ヶ月時間があることなんて今後の人生でもう無いかもしれないなと思います。毎日楽しく過ごします。

無駄なく悔いなくもっと自分を人を大切にする1ヶ月にします!

SMAPに想いを馳せる

梶りりです。

SMAPのベストアルバムをitunesに入れまして通勤中に聴いてます。

 

ここ数日は最初にDear WOMANからのオレンジって流れが定番です。オレンジって今回初めてフルで聞いたけどすごくいい曲ですね!せつない!

 

 

SMAP解散は去年一年のビックニュースでしたね。不仲などとずっと騒がれてきて、きっと私たちがが想像するよりもっと沢山いろいろあったのだろうし、本当に大きい決断だったでしょう。影響も一般人が辞めるレベルではないですし。

彼らの解散は12月で、私も彼氏に別れを切り出されたのが12月だったので

本当に関係ないのに!人ごとではない気がしてました。

変わる事は寂しくて不安です。それが幸せに繋がる道だとしても、今のまま進むことができないと分かっていたとしてもやはり寂しくて寂しくて不安です。

 

 

彼らの仕事は誰かに期待されて、それに応えていくという部分が大きいですよね。今まで彼らは皆に期待に応えてくれていて、その姿を見ることでこちらも元気づけられて来たと思います。そこまで熱心なファンではなかった自分もテレビを通じて勇気づけられてきました。

今も曲を通してまた。

 

先日見た番組で中居くんが

前を向いて行くんだ

というようなことを言ってたのをみました。

中居くんだって頑張っているんだ。

私も頑張ろうと思います。

ブログを書こうとすると思い出すのは南条あやちゃんのブログです。

日が空いてしまいました。こんにちは梶りりです。

 

昔から、ブログは何度もつくったことがあります。しかし続かず、幾度となく挫折しております。三日坊主ならぬ一日坊主です。どんだけ継続力がないのか笑。最初は良くても2回目から何を書いたら良いのやらわからなくなってしまいます。自分のことを書こうか、趣味のことを書こうか、迷って迷って書かずじまい。頭の中では書きたいことがぐるぐると渦巻いているのに書けない。というか書かないというべきでしょうね。書くことより、「上手い文章を書きたい、自分の理想の形のブログを書きたい」と思ってしまい、内容など置き去りの妄想が膨らみ過ぎてなにも書きたくなくなってしまうのです。

しかし今日は、上手くなくてもなんでもよいのでとにかく書いてみることにします。書かずに理想は語れない!!!今年は変わるのだ!私!!!!!

 

では、

 

ブログというと私の理想形は南条あやちゃんのブログなのです。(wikipedia:南条あや南条あやちゃんとの出会いは、高校生の時、駅前の本屋でブログ本をみつけたことでした。題名は「卒業式まで死にません」。人生に絶望した気持ちになっていた当時の私にはとても響いた題名でした。人生に目標もなかったし、卒業までは頑張って生きていようって本当に思っていたので、自分の気持ちを代弁しているように思いました。サブタイトルも「女子高生南条あやの日記」だったので同世代の子の本ということもあり、本になるなんてすごいなあ。うらやましいな。なんて思いました。(ほんとは私より年上なのでちゃん付けするのは違うような気がするけど、私の中で南条あやちゃんと呼ぶのがしっくりくるので南条あやちゃんと呼びます。)

 

買って読んでみて圧倒されました。南条あやちゃんの日常が生き生きと伝わる文章。内容はリストカットをしてしまう事とか精神的に苦しんでることとかが書いてあるのだけれど悲愴感はなく明るく書かれています。また読んでる人に対しての気遣いもあり、友達に話すように書かれていて読んでいて勝手に親密感を抱いてました。最終的に彼女は自ら死を選んでしまうけれど、そんな風には思えない、ブログの最後まで優しくてたくさん溢れる言葉たち。(南条あやちゃんの影響でねこぢるとかCoccoとか見たり聞いたりしました。影響されやすいタイプです。)

書かれた時代は1999年、世紀末。何となく世の中が不安が溢れていたのかな?と想像してます。まだ9歳だったのであまり世の中の事は分からないけど。ノストラダムスの大予言?とかありましたね。

自分は実感しなかったけどこの頃の本などを読むと世紀末特有の?空気感みたいなのがなぜか懐かしく切なく感じる時があります。

 

南条あやちゃんのように

自分のこと、自分の気持ちを表現してみたい。高校生からずっと思っていました。あんな風に自分を表現できることに憧れていました。

またタイトル通り自分の人生を選んだことも羨ましいと思いました。(彼女が本当に望んだかは解りませんがそれすらも格好いいと思っていました。)

 

しかし私は、彼女と同じ道は通れないし、選べないし選べなかった。私は南条あやちゃんになれないのです。当たり前ですが。

高校時代に南条あやちゃんに出会って、こういう才能を持つ子に憧れることは自分自身のモチベーションになったし、程度の差こそあれ絶望的な気持ちを感じている子が他にもいるって知ったことで救われたりもしました。だから文章を書くときにはいつも心の片隅に南条あやちゃんの存在があります。

今この歳になって、やっと自分のできることに向き合えるようになりました。できないことと憧れへの折り合い?というか今の自分より少しでも向上すればいいのだということです。できないことに向き合うのは別に惨めなことなんかじゃない。恥ずかしいことなんかじゃない。

もっと私らしく文章を書けるようになりたいです。日々努力ですね。

 

ちなみに

アーバンギャルドさんが好きなんですけれど、この曲は聞いたとき、南条あやちゃんのことだと思いました。アーティストさんは明言されていません(たぶん言ってなかったと思います。動画サイトのコメント欄に書いてあって同じこと思った人がいるんだと嬉しくなってました。)が、勝手に思っております。

 

 


アーバンギャルド - 平成死亡遊戯 URBANGARDE - HEISEI SHIBOU YUGI

 

2017年にやりたい100のこと

今年はもっと自分の意思を持とうと思います。

野望欲望願望リスト。随時更新します。まだまだ足りないなあ!

 

1転職する

2図書館司書になる

3鳥取砂丘に行く

4ひとり暮らしをする

5国立国会図書館に行く

6神保町に行く

7女子お泊まり会する

8新しい友人を作る

9元彼に感謝をつたえる

10あらゆる図書館巡り

11パーマかける

12ブログを続ける

13小説を書く

14恐山に行く

15寺山修司記念館に行く

16着付けを習う

17ネイルサロンに行く

18お世話になった人に感謝を伝える

19献血する

 

 

失恋してから人生見つめ直した結果。

梶りりと申します。

昨年のクリスマス一週間前、26歳にして初めて出来た彼氏に振られました。恋人いない歴=年齢の喪女だった私がたまたま参加した合コンで、たまたま気に入られて告白されて、お付き合いしたのは1つ年下の男の子でした。恋愛というものはこれまでの人生で全く以て無縁だったので、彼氏が出来たことは夢のようで奇跡のようで嬉しかったのですが、よく考えると私は彼のことを好きではありませんでした。人として友人として好きではありましたが、恋愛感情として好きではありませんでした。

振られたのは、恋愛感情がないから。感情がないなら付き合う意味がないから。彼から切り出されました。

 

友人として会っていた頃と比べ、お付き合いをすることになってからは会うのが億劫になっていました。それでも「付き合っているのだから大丈夫」だと思っていました。根拠はないけど「大丈夫」だと。忙しさを理由に会う回数を減らし、私は億劫さから気を逸らし続けました。

恋愛ってこんなものなんだと思いました。漫画やドラマや映画で見るようにドキドキしないけど現実はこんな感じなんだなと自分を納得させていました。違和感。相手がいるのに物足りない感じ。満たされない気がしていたけど気づかないふりをしました。

それでもいいと思っていました。彼が付き合いたいというから、応えた。それ以上でも以下でもなくただその事実があるだけだと思っていました。

でも彼には恋愛感情がありました。私が持っていなかった感情がありました。

 

思えば私はいつからか自分のしたいことやりたいことで人生を決めなくなっていました。良い子でいたかったので、親や先生の言う事を聞くだけで自分で考えることをしなくなっていました。ただ言われるがままに高校、短大へ進学しました。しかしそこから私は何もできなくなりました。やりたい事を自分で決められなかったからです。ただ流されて何の展望もなくいよいよ卒業が近づいていきました。就職活動も真面目にやろうとしませんでした。当然内定も決まらず、毎日ぼんやり過ごしていました。卒業の6日前、東日本大震災がありました。被災地の近くだったので、卒業式は中止になりました。卒業証書は郵送で貰い、卒業の実感のないまま卒業しました。無職になりました。しかしとても不謹慎でありますが、自分が就職出来なかった正当な理由ができました。震災があったから仕方ないね。いろんな人に言われました。私もそうですねと答えました。でも本当は違いました。就職出来なかったのは震災など関係なく自分自身が何もやろうとしなかっただけなのです。逃げていたのです。とはいえさすがにずっと無職では生きていけないので、とりあえず仕事を探し、とりあえず採用された会社で働き始めました。言われたことはただやりました。自分の意思は関係なく、目の前のことをただやり続けました。きっとこのまま続くと思いました。ただ目の前のことをやり続ける。こなしていく。それが人生なんだと。それだけの人生でいいと思っていました。そんな中彼と出会い、恋愛が始まりました。仕事も恋愛も今、目の前にあるので、やらなければと思いました。自分の意思とは関係なくやらなければと思いました。毎日、毎日、やらないとだからやる。やりたいことなんてないから、今与えられているものをやるしかないと思っていました。

でも違いました。本当は私にも、やりたいことがあったのです。見ないふりをしていただだけであって感情が、思いはあったのです。従順なふりをして逃げていたのです。言われたことに応えるだけで自分の意思をもたないふりをすることは責任を持たずに済むから楽だったのです。

 

彼は私に自分の意思を教えてくれてました。最初にお付き合いをしたいと言ったこと。最後に別れたいと言ったこと。それは彼の本心でした。最初から最後までやりたいことや思いを教えてくれていました。

振られてからやっと分かったのです。私は彼の意思に従順なふりをして本当は全く向き合おうとしていなかったのです。

別れを切り出された日から眠れず、食欲もなくなりました。涙が止まらなくて、何をしようと思っても心が落ち着かない。なぜ?何もわからないと思いました。毎日痛む心を抱えながらしかし生活は日々同じように続いていきます。昔、失恋したクラスメートが一日中泣いていたのを見て何故そこまでに辛そうなのか解らなかったのですが、この歳になってやっと解りました。失恋は本当につらい思いをすることだったのです。失恋、ましてや振られることはとてもショックです。心臓が痛く、胸が苦しい。何にも集中できず、今までどんな気持ちで毎日生きてきたのか分からなくなってしまいました。嫌われてしまった悲しみと、一人になってしまった孤独感。不安と胸の痛みに押しつぶされそうでした。でも心の奥底では少し安心している自分もいました。本当は彼には私なんかよりもっと合う女の子がいるのではないかとずっと思っていたからです。私では彼の恋愛感情を受け止めきれないと本当は初めから分っていたからです。

 

自分の気持ちを見ないふりして生きていくことは平気だと思っていました。嫌なこともつらいことも気にしないふりをして、我慢して我慢して、自分は弱いのだと自分の心を卑下して、どんどん痛みに平気にになっていく、それが強くなることだと思いました。こういう生き方をすれば痛い思いをするのは自分だけだと思っていました。自分だけが傷つくなら大丈夫だと思っていました。

でも違いました。自分の気持ちに鈍感になるということは、他の人の気持ちにさえ鈍感になってしまうということだったのです。自分が痛みを我慢すればするだけ向き合おうとする相手の気持ちをないがしろにできてしまうのです。

今になれば、わかります。彼が私を想っていてくれたこと、そして心が離れてしまったこと。そもそも気持ちがないのなら付き合うべきでは無かったということも。

 

本当の気持ちはなんだったのだろうと考えました。自分の本当の気持ちはなんなのかと。何が好きで、何が嫌いで、何がやりたくて、何を望んでいたのか、何度も自分に問いかけました。わからないということはきっと無いと思いました。気持ちは自分の中にあるのです。無意識的であっても明確でなくても、その答えは自分の中にしかないのです。

 

彼から私は気持ちに誠実になること、真摯な気持ちで人と向き合う事を教わりました。その分私は彼をたくさん傷つけてしまったと思います。でももう今更どうすることも出来ないことだと思います。過去に縛られていては生きていけないし、傷つけてしまった事実は消えないのです。彼には感謝の気持ちでいっぱいです。だから彼には傷ついた分何倍も何十倍も幸せになってほしい、そう思っています。

 

そして私はもっと自分の欲望に忠実に生きることにしました。それは自分の選択に責任を持つことだからです。失敗しても間違っても自分の人生で責任を持って選んだ結果だと胸を張って生きていきたいと思いました。

だからこのブログは私自身の宣誓です。生きるための、逃げないための、負けないための、諦めないための、宣言です。

26歳。今更気づくには遅いかもしれないけどもっと本当の意味で強く、自信を持ってこの人生を生きようと思います。

 

2017年1月8日 夜明けに      梶りり