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梶りりは慈雨の中に居ます。

自分の人生に責任を持つために書いていく

ブログを書こうとすると思い出すのは南条あやちゃんのブログです。

日が空いてしまいました。こんにちは梶りりです。

 

昔から、ブログは何度もつくったことがあります。しかし続かず、幾度となく挫折しております。三日坊主ならぬ一日坊主です。どんだけ継続力がないのか笑。最初は良くても2回目から何を書いたら良いのやらわからなくなってしまいます。自分のことを書こうか、趣味のことを書こうか、迷って迷って書かずじまい。頭の中では書きたいことがぐるぐると渦巻いているのに書けない。というか書かないというべきでしょうね。書くことより、「上手い文章を書きたい、自分の理想の形のブログを書きたい」と思ってしまい、内容など置き去りの妄想が膨らみ過ぎてなにも書きたくなくなってしまうのです。

しかし今日は、上手くなくてもなんでもよいのでとにかく書いてみることにします。書かずに理想は語れない!!!今年は変わるのだ!私!!!!!

 

では、

 

ブログというと私の理想形は南条あやちゃんのブログなのです。(wikipedia:南条あや南条あやちゃんとの出会いは、高校生の時、駅前の本屋でブログ本をみつけたことでした。題名は「卒業式まで死にません」。人生に絶望した気持ちになっていた当時の私にはとても響いた題名でした。人生に目標もなかったし、卒業までは頑張って生きていようって本当に思っていたので、自分の気持ちを代弁しているように思いました。サブタイトルも「女子高生南条あやの日記」だったので同世代の子の本ということもあり、本になるなんてすごいなあ。うらやましいな。なんて思いました。(ほんとは私より年上なのでちゃん付けするのは違うような気がするけど、私の中で南条あやちゃんと呼ぶのがしっくりくるので南条あやちゃんと呼びます。)

 

買って読んでみて圧倒されました。南条あやちゃんの日常が生き生きと伝わる文章。内容はリストカットをしてしまう事とか精神的に苦しんでることとかが書いてあるのだけれど悲愴感はなく明るく書かれています。また読んでる人に対しての気遣いもあり、友達に話すように書かれていて読んでいて勝手に親密感を抱いてました。最終的に彼女は自ら死を選んでしまうけれど、そんな風には思えない、ブログの最後まで優しくてたくさん溢れる言葉たち。(南条あやちゃんの影響でねこぢるとかCoccoとか見たり聞いたりしました。影響されやすいタイプです。)

書かれた時代は1999年、世紀末。何となく世の中が不安が溢れていたのかな?と想像してます。まだ9歳だったのであまり世の中の事は分からないけど。ノストラダムスの大予言?とかありましたね。

自分は実感しなかったけどこの頃の本などを読むと世紀末特有の?空気感みたいなのがなぜか懐かしく切なく感じる時があります。

 

南条あやちゃんのように

自分のこと、自分の気持ちを表現してみたい。高校生からずっと思っていました。あんな風に自分を表現できることに憧れていました。

またタイトル通り自分の人生を選んだことも羨ましいと思いました。(彼女が本当に望んだかは解りませんがそれすらも格好いいと思っていました。)

 

しかし私は、彼女と同じ道は通れないし、選べないし選べなかった。私は南条あやちゃんになれないのです。当たり前ですが。

高校時代に南条あやちゃんに出会って、こういう才能を持つ子に憧れることは自分自身のモチベーションになったし、程度の差こそあれ絶望的な気持ちを感じている子が他にもいるって知ったことで救われたりもしました。だから文章を書くときにはいつも心の片隅に南条あやちゃんの存在があります。

今この歳になって、やっと自分のできることに向き合えるようになりました。できないことと憧れへの折り合い?というか今の自分より少しでも向上すればいいのだということです。できないことに向き合うのは別に惨めなことなんかじゃない。恥ずかしいことなんかじゃない。

もっと私らしく文章を書けるようになりたいです。日々努力ですね。

 

ちなみに

アーバンギャルドさんが好きなんですけれど、この曲は聞いたとき、南条あやちゃんのことだと思いました。アーティストさんは明言されていません(たぶん言ってなかったと思います。動画サイトのコメント欄に書いてあって同じこと思った人がいるんだと嬉しくなってました。)が、勝手に思っております。

 

 


アーバンギャルド - 平成死亡遊戯 URBANGARDE - HEISEI SHIBOU YUGI